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エリートに必須の教養!西洋美術にどのように触れるべきか【木村 泰司】

30年後の社会を支える「エリート」に不可欠な資質について、各界をリードする方々にご意見をお伺いしている就プロのオリジナル連載。3回に渡り、西洋美術史家・木村泰司(きむら・たいじ)さんに、ビジネスエリートに必須の西洋美術史の教養についてお伺いします。最終回となる今回は、「教養」としての美術に、いかにして触れていけばよいのか、木村さんならではの視点でご紹介いただきました。

美術史を学ばずに絵を見るのは、外国映画を字幕なしで見るようなもの

―日本では有名な絵画が来ると、「本物を見た」ということだけで満足している人が多い気がします。絵画に込められたメッセージや社会背景まで読み解こうと思えば、やはり本を読むことが一番でしょうか。

木村:もちろんです。一番良いのは、美術館で図録を買って読むこと。イヤホンガイドなんかで聞いても、それはすぐ忘れますから。

本当は、美術館で絵を見る前に図録が手に入って、それを読んで知識を得てから実物を見るとすごく良い経験になると思うのですが、図録は残念ながら内覧会のころにようやく完成するものなので、なかなか事前には手に入らないんですよね。

―図録、重いですよね...。

木村:図録を全部読む必要はないけれど、その絵画が描かれた時代背景を分かっていないと、いったい何の絵なのか分からないでしょう?

たとえば今度、フェルメール展が東京と大阪で開かれます。でも当時のオランダについて知らないと、いくらフェルメールの絵を見ても「綺麗だな」とか、主観的な感想しか持てないと思うんです。

当時の風俗画には、節制をうながしたり、誘惑に対して戒めたり、メッセージやプロテスタンティズムみたいなものが根底に描かれています。それが分かって絵を見るから面白いのであって、知らないで見るというのは、見知らぬ外国語の映画を字幕なしに見ているのと同じようなもの。

映画に出てくる主人公が美人だとか、これは恋愛のお話だな、とかそういうことは何となく分かるかもしれないけれど、それだけではもったいない。

だから、自分の好きな絵が日本に来るのなら、ちゃんと勉強してから見に行くべきです。

―若い人で、今まで特に美術に興味もなく、美術館に行く頻度も低い人にとって、美術を学べるおすすめの本はありますか?

木村:それは、私の本が一番ですね(笑)。

ほかに、分かりやすく書いている美術の本があったとしても、絵の感想ばかりを主観的に述べているような本はおすすめしません。

やはり古代ギリシャ時代から体系的に学ぶのはとても大事です。例えば、今年はルーベンス展もありますが、17世紀に描かれたルーベンスの絵に男性の胸毛が描かれていない、のは古代ギリシャの美意識が継承されているから、とか。

―確かに、知っておけば、絵の見方が変わりそうです。

木村:私も西洋美術史を学んで、まさに"目からうろこ"なことはたくさんあって...。そのおかげで西洋のことがよく理解できるようになりました。

例えば印象派って日本ではすごく人気があるけれど、僕のいたアメリカの大学で印象派の授業を受ける前には、「近代フランス史」の授業を取っておかなければいけませんでした。なぜかと言うと、それを理解していないと印象派の絵に描かれている世界が分からないから。

それに、印象派が当時、いかに革新的であったかを知るためには、その前のニコラ・プッサンといった古典主義を学ばなければいけないし、さらにそのお手本となったラファエロまでさかのぼって見ていけば、当時、なぜ印象派の絵が受け入れられなかったのか、がすんなり分かるはずです。

トップクラスの大学に入った人たちなら、そういったことは怠けずに、学んだ方がいいと思います。

機会があれば海外の美術館へ足を運んで

―木村さんご自身は、日本での展覧会には行かれるのでしょうか?

木村:もちろん様々な機会がありますから見ることは多いですが、やはりいくつかの制約があるのが少し残念ですね。

例えば「ペンダント」というペアの作品を対で飾る方法があるのですが、海外から作品を借りてくる場合、日本には片方の作品しか来ていないことが多くて、残念だなあと思っています。

―そう考えると、海外へ行った機会に美術品を見にいくのが良いかもしれませんね。

木村:ぜひ見に行って欲しいですね。エルミタージュやルーヴルというのは、もともと宮殿だったものを改装して美術館にしたものだから、足を踏み入れるだけでテンションが上がります。先ほど申しましたペンダントとか、王道の飾り方をしているのも素晴らしいです。

プラド美術館(マドリード)やナショナルギャラリー(ロンドン)、美術史博物館(ウィーン)などは最初から美術館として建てられたものなので、非常に展示は見やすいですし、建物自体は歴史があるのでそれなりに雰囲気もあります。

また邸宅美術館など個人のコレクションであっても、美術史家のアドバイスのもとに収集されているから、ちゃんと体系的に学ぶことができるんです。

それに、日本で展示されたらものすごくたくさんの人が集まってとても見られない絵でも、海外であれば、ほぼ貸し切り、なんてこともありますしね。

17世紀後半から18世紀にかけて、イギリス貴族の子弟が家庭教師と共にフランスやイタリアを巡って、美術や歴史を学ぶ「グランドツアー」というものが盛んになりました。

その伝統にならって、やはり現地に行って自分の目で見ることはとても大事です。ただしそのときは一人で見るのではなく、きちんと解説ができる講師と行ってくださいね。

もっとリラックスして美術に触れてほしい

―ほかにも、美術鑑賞のポイントはありますか。

木村:日本人で、優秀な方に特に多いのですが、「崇(あが)める」ように西洋美術を見るんですね。美術史を学んだうえで見るのは、もちろん大事ですよ。でも、真面目に取り組みすぎて「お宝拝見」みたいになるのは違う。もう少しリラックスして見てほしいなと思います。

―それはどうしてですか?

木村:絵画というのは、西洋文化の一部分だから。

私の場合は、アメリカの大学を出たあと、教授の勧めもあって、ロンドン・サザビーズの美術教養講座で学びました。サザビーズで、家具やタペストリーといったインテリア、銀器や磁器といった食器類など、さまざまな芸術に触れ、西洋の文化やライフスタイルを知ることができたのは本当に良かったと思っています。

また、クラスメートに名家の出身者が多かったのも大きかったです。プレゼントの仕方や食事の好み一つをとっても、欧米の品のいい文化というものを学ぶことができました。

美術は西洋の文化やライフスタイルの上に成り立っているものです。美術品を「お宝拝見」ではなく、もっとリラックスして見てほしい、というのは、もっとライフスタイルの一つとして、全体的な西洋文化を体感してほしいから。

―木村さんと行くツアーは、面白そうですね。

木村:毎年、海外のツアーも年に数回行っていますが、国内なら大塚国際美術館(徳島県)へのツアーが好評です。

原画に忠実な色彩と大きさで作品を再現した「陶板名画」の美術館ですが、額縁まで精巧に再現されているところが素晴らしいんです。

いくらスライドを見せながら講義しても、大きさや見え方まで実感するのは難しい。だから大塚国際美術館に行って、再現されたシスティーナ礼拝堂の天井画やエル・グレコの大祭壇衝立画を見てもらうと、細部までよく分かるし、臨場感も伝えられるんです。

北イタリア・パドヴァにあるスクロヴェーニ礼拝堂の壁画は、実際に現地へ行っても見学時間が15分間と限定されています。その点、大塚国際美術館でゆっくり見られるのはとてもいいと思います。

また代表的な作品が、ほぼ再現されている点でもおすすめです。現実には今日、メトロポリタン美術館に行って、次の日はエルミタージュ美術館、そしてバチカン...といったことはできません。

でも大塚国際美術館なら、作品がそろっているから、一日で「生きた美術史」に触れることができるわけです。

―美術館で絵を見たくなりました! 美術史に親しむきっかけを与えてくださって、ありがとうございました。